リムパーザについて①
リムパーザはこれまで、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の方で、乳房以外の臓器に転移がある方を対象に処方されてきた内服薬です。2022年8月、乳がんの手術後の再発予防にも処方されるようになりました。日本での発売開始から4年が経過しますが、ほかの乳がんの薬とは作用する働きが異なります。リムパーザについてお話ししようと思いますが、一度では書ききれませんので何回かに分けてお話しいたします。
今回は、遺伝性乳がん卵巣がん症候群についてです。
遺伝とは、親から子供へ体の特徴が伝わることです。父親似、母親似、あるいはその親の祖父、祖母に似ている方もいらっしゃるかもしれません。肌の色や髪の色はご両親の性質を受け継いでいらっしゃると思います。こうした肌や髪の色を決める情報は父親と母親から子へ、半分ずつもらって子供へ伝えられます。この遺伝情報には肌や髪の情報以外にも体の設計図全般が入っていて、この遺伝情報をもとに子供は成長して大人になり、大人になっても自分の体を維持していきます。常に人間の体の細胞は新陳代謝をしていて入れ替わっていますが、もとの細胞と同じ細胞に入れ替わらないと困ったことになります。肌の色が一部だけ変化していたり、もとあった臓器と別の臓器ができたり。つまり、体の設計図は書き換えられては困ったことになるのですが、これが起こっているのが、がんです。この設計図を遺伝子といいます。2万数千あると言われていて、このうちのいくつかの遺伝子に病的変異を起こすと(設計図の書き換えが起こると)、がん細胞になることがわかっています。
多くのがんでは生まれてから後、遺伝子に病的変異が起こって、がん細胞が生まれると言われていますが、中には親からもらった遺伝子にすでに病的変異があって他の人よりもがん細胞ができやすい方がいらっしゃいます。乳がんの患者さんの中にも5~10%の割合で、親からもらった遺伝子の病的変異が原因で乳がんになる方がいらっしゃいます。中でもBRCA1とBRCA2という遺伝子の病的変異が最も多くて、この2つの片方、まれに両方に特定の変異がある方は遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC: エッチボック)という病名で呼ばれています。
片方の親御さんがHBOCであった場合、子供さんが病的変異のある遺伝子を引き継ぐ確率は2分の1です。女の子だけではなく、男の子にも遺伝します。女性のHBOCの方は、乳がんの他にも、卵巣がん、すい臓がんなどの発症率が上昇することが統計的にわかっていて、男性のHBOCの方なら、男性乳がんや前立腺がん、すい臓がんなどの発症率が上昇することが知られています。ただし、病的変異のある遺伝子を引き継ぐと、がんになりやすい体質にはなりますが、上記のようながんに必ずなる訳ではありません。
HBOCであるかどうかは、採血することで遺伝子の検査ができます。BRACAnalysis(ブラカアナリシス)という検査であれば、全額自費で検査をすると約20万円、最近は一定の要件を満たすと保険を使って検査できるようになりましたが、それでも高額な検査です。(検査を希望される方は主治医の先生に一度相談なさってください。当院でも相談はできますが、検査は野田の本院か学園前で行うことになります。)検査をしてHBOCと確認されると、その方が女性の乳がんの患者さんであった場合、手術は乳房の全摘をお勧めしています。部分切除をすると後々、残した乳房に新しい乳がんが発症する確率が高いからです。初回の手術の際に早期の乳がんであった場合はがんの手術と同時に再建術も行うことができます。また、反対側の乳房についても、将来乳がんを発症する確率が高いので、予防切除をする選択肢もあります。また、卵巣についても予防切除が勧められています。これ以上妊娠しないと決められたら早期に行った方がよいでしょう。アメリカの女優さんでアンジェリーナ・ジョリーさんがHBOCであると自ら公表され、両側乳房の予防切除と卵巣卵管切除を受けられています。
遺伝子に病的変異があって将来がんになりやすいから、がんになる前に健康な臓器を切除した方が良いという考え方はこれまでなかったものです。医学の進歩のおかげでもありますが、一方で不安に感じられる方も多いと思います。もし、この文章を読んでご自身がHBOCではないか、など相談したいことがありましたら当院までご連絡ください。
今回は遺伝性乳がん卵巣がん症候群についてお話ししました。次回は、リムパーザが乳がんの薬として画期的である点について、できるだけわかりやすくお話ししようと思います。