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大阪ブレストクリニックイーマ 院長の宮川 義仁です。

主に乳がんに関する最近の話題をお伝えします。

2022年6月5日発行のNew England Journal of Medicine(ニューイングランドジャーナルオブメディシン)誌に掲載された、DESTINY-breast04(デスティニーブレスト04)試験の結果です。ニューイングランドジャナルオブメディシン誌は、西暦1812年にアメリカで創刊され、世界で最も権威のある臨床医学雑誌です。

今回ご紹介する臨床試験では、一部の転移、再発乳がんの患者さんに新しい薬剤の選択肢を与えてくれる結果となりました。その薬剤は、商品名:エンハーツ、一般名:トラスツズマブデルクステカンです。エンハーツはこれまでハーツー(HER2)陽性乳がん(乳がん細胞表面にハーツータンパクが多量にあるタイプ)の患者さんで、他の臓器に転移をしている方に使用されてきました。ハーツー陽性乳がんの患者さんは、新規乳がん患者さん全体の約15%ですので、投与される患者さんはかなり限定されていました。今回の試験では、進行再発乳がんの患者さんのハーツー陰性乳がん(乳がん細胞表面にハーツータンパクがない、もしくは少量あるタイプ)の方のうち、ハーツータンパクが少量ある方が対象となりました。エンハーツが投与される患者さんと、それ以外の抗がん剤(ゼローダ、ハラヴェン、ジェムザール、タキソール、アブラキサン)を投与される患者さんが比較され、結果は、エンハーツを投与された患者さんの方がより長く薬剤が効いて、生命予後も延長していた結果となりました。ホルモン受容体陽性の患者さんではエンハーツ以外の薬剤を投与された患者さんは5.4カ月しか効果が持続しなかったのですが、エンハーツでは約2倍、10.1カ月の間、がんの進行を抑制していました。生命予後もエンハーツでは、23.9カ月であったのに対して、それ以外の薬剤では17.5カ月と、約半年間延長されていました。

また、トリプルネガティブタイプの患者さんではその差はより顕著で、エンハーツは8.5カ月の間、腫瘍の進行を抑えていました。他の薬剤では2.9カ月でしたからこちらは3倍近い期間です。また、生命予後もエンハーツでは18.2カ月、その他薬剤では8.3カ月でしたからこちらも2倍以上の延長でした。

余命を延長してくれるエンハーツですが、欠点もあります。それが間質性肺疾患という副作用です。間質性肺疾患は、スポンジのような構造をしている肺の中でも、空気の入る肺胞ではなく、肺胞同士を隔てる間質で炎症が起こります。症状としては、痰を伴わない空咳(乾性咳嗽)や運動時の息切れ(労作時呼吸困難)などがありますが、進行すると肺が固くなって(肺線維化)、肺活量が低下し呼吸困難となります。場合によって命にかかわることもあります。今回、エンハーツが投与された患者さん373人のうち、間質性肺疾患となった方は45人(12.1%)で、そのうち重症化した方が8名(2.2%)、うち2名(0.5%)の方が間質性肺疾患が原因で亡くなられました。別のエンハーツの臨床試験でも13.6%の患者さんが間質性肺疾患となり、2.2%の方が亡くなられています。日本人に限定すると亡くなられた方はいなかったのですが、30%の方が間質性肺疾患になっているので、要注意の副作用と言えます。治療は薬剤の中止とステロイドの投与ですが、呼吸器を専門とする内科の先生に関わっていただくのが強く推奨されます。当院では住友病院呼吸器内科と連携しており、エンハーツ投与中の患者さんは定期的にそちらの外来を受診していただくようにしています。その他の副作用は、吐き気が73%(実際に嘔吐された方は34%)、体のだるさが47.7%、脱毛が37.7%、食欲不振が28.6%、白血球減少が33.2%でしたが、ほとんどが軽微であったようです。

今回の臨床試験は乳がん治療の画期的な結果と言えます。これまでの転移・再発乳がんの治療は大雑把に言いますと、乳がん細胞のホルモン受容体の有無、ハーツータンパクの有無により治療法が選択されていました。ハーツータンパクについてはあるか、ないかの2択であったのですが、今後、ハーツータンパクは高いか、低いか、全くないかの3つに分類されると考えられます。今まで『ない』とされていた方が『低い(HER2-low)』と『全くない』に分かれることになり、ハーツーの低い患者さんの治療の選択肢が増えることになりそうです。

この原稿の執筆段階では、残念ながらエンハーツがハーツーの低い患者さんにいつから使用できるのか、まだ正式なアナウンスはありません。できるだけ多くの患者さんに適応拡大されるよう祈るばかりです。

今後も乳がんの診療に携わる医師から患者さんへ、様々な情報をできるだけわかりやすくお伝えします。