抗がん剤と抗生物質
今回は、乳がんの治療中の抗生物質の使用についての是非です。
リンパ節に転移があるとか、トリプルネガティブタイプやHER2陽性タイプである場合、手術の前後に抗がん剤が投与されることが多いのですが、乳がんで使用される抗がん剤の副作用として血液中の白血球やその一種である好中球が低下することがあります。好中球は細菌に対抗する免疫を担当する細胞ですので、低下すると感染症を引きおこすことがあります。抗がん剤投与中に好中球数が血液1マイクロリットルあたり500未満となって、体温が37.5℃以上となると発熱性好中球減少症(FN)といって、生命にかかわることがある状態になります。ですので、FNになった際には幅広い細菌に効果のある抗生物質の迅速な投与が推奨されています。
ところが、抗生物質は体内に侵入した有害な細菌以外の、体内の常在菌である腸内細菌も攻撃しますので、中には腸内細菌が減ったり変化したりしてしまってひどい下痢になる患者さんもいらっしゃいます。
最近、この腸内細菌が様々な免疫作用に関与していて、腸内細菌を変えることで病気がよくなることがわかってきました。関節リウマチや潰瘍性大腸炎などの免疫が関与する疾患では、患者さんの腸内細菌が健常な人と異なることが指摘されていて、潰瘍性大腸炎の治療では患者さんに健常な人の腸内細菌を移植する治療が先進医療として始まっています。
がんの分野でも、テセントリクやキイトルーダのような、がん免疫を活性化する薬剤を使用した際、効果のあった患者さんの腸内細菌を効果がなかった患者さんに移植すると、がんが縮小したという報告が寄せられました。こうした薬剤は免疫チェックポイント阻害剤と呼ばれており、腸内細菌はがん免疫に少なからず役割を担っていることがわかってきました。腸内細菌を減少、変化させる抗生物質の使用はどうでしょう。免疫チェックポイント阻害剤の効果を減退させる可能性があるので、併用がよくなかったという報告が多数あります。
乳がんの分野では、トリプルネガティブタイプの乳がんが、がん免疫に最も関与していることが知られていて、乳がんではこのタイプにのみ免疫チェックポイント阻害剤の効果があります。世界で最も有名な科学雑誌natureの姉妹誌のnature communicationsの4月12日号には、トリプルネガティブ乳がんの患者さんにアンスラサイクリン系やタキサン系という、通常の抗がん剤の投与した際に、抗生物質を併用すると乳がんの再発率や生命予後が悪化する結果が示されました。世界でも初めての報告ですのでまだ断定的なことは言えませんが、抗がん剤投与中はできるだけ感染症にならないように好中球を増やす薬剤(ジーラスタ)の投与を保険診療の範囲内で積極的に行うべきでしょうし、FNになっていないときの安易な抗生物質の使用は控えた方がいいのかもしれません。
今後どのような腸内細菌がいれば抗がん剤の効果が上昇するのか判明すれば、治療前にその細菌の入ったカプセルを内服、細菌を移植して薬剤の治療効果を上げることができるようになるでしょう。副作用もほとんどないでしょうし、いい治療法になると思います。